おばあちゃんの御飯
田舎のおばあちゃんが生前、よく美味いものを食べさせてくれた思い出。
山奥に佇む木造の一軒家。
山のものを豊かに活かした、おばあちゃんが作る食の数々は
オカンの料理と同じくらい僕の食の<基盤>だと思う。
おばあちゃんの家は築100年は軽いだろう。
事情により暫く伺えてない歯痒さは募るけど<基盤>は揺るぎないものだ。
水道は川から汲み上げ、山の傾斜を利用した段々畑、竹林、稲作、薄暗い倉庫、
先祖たちの写真の数々、最高な日向ぼっこが出来た縁側、急斜面の階段、掘り出し物が出てきそうな二階、獣が現れる静寂な夜の美しさ、自然と共存するあの家には暫く行けてない。
なんて贅沢な時間を過ごしていたことか、両親に感謝。
なんでも美味かった。
戦前戦後を過ごした人達の知恵の豊かさが染み付いていると自負してる。
だから食べることが好きなのだろう。
現代の日本は便利だと思う。
店に並ぶ食材たちは全国から取り寄せられて海外からも輸入出来る便利国家だから。
食に関わらず生活必需品に関しても。
その<基盤>となったのは戦後の人々の熱意があったからだと思う。
ただ
現在の日本の自給率は?となると不安になることもあるだろうけど・・・
今
僕の感じること。
各国の食文化動画を拝見する度に
食事は手作りが一番美味い・美味そうだということ。
情報文化で多種多様の食事の数々から、何を食べるか選べる人達も多いでしょう。
中には選択できない人達もいるはず。
環境は選べるが、選べないこともある。
幸い僕にはまだ選べる生活があり、何とかしようとすれば何とかできそうな生活を送っている。そんな思いがこみ上げたときは必ず「おばあちゃんの御飯」を思い出し食べられることに有難みを抱く。
ささやかな食事でも贅沢な食事でも差ほど距離は感じない。
その時食べられる作り手の味を堪能することが出来る時間が贅沢だと思う。
現状に安堵が訪れたときは改めて「おばあちゃんの御飯」を思い出して
精進したい。そして仕事にも貢献できるようになったら・・・
僕の幸せの一つが達成できるだろう。
個性は調味料だ。
Peaceful world
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